【中学・高校受験】社会の歴史(明治維新と文明開化)

明治維新と文明開化

明治維新は入試頻出単元となります。

ここまで何とか歴史の勉強を続けてきたお子様でも、明治時代から覚えることが多く、更に用語が難しくなってくるため、一気に苦手にしてしまう方が多くいます。

焦らず一つひとつしっかり覚えていくことが大切です。

特に、用語を丸暗記するのではなく、意味や内容を確認しながら覚えるようにしましょう。

前回の内容【中学・高校受験】社会の歴史(江戸幕府の滅亡)

それでは明治維新と文明開化についてを見ていきましょう。

明治時代

明治時代(1868年〜1912年)

江戸幕府が滅亡して、天皇を中心とする新しい政府が作られた。

江戸が東京となり、政治の中心となった。(明治天皇が江戸城を皇居としたことにより首都となる)

明治天皇が亡くなるまでの約45年間を明治時代という。

明治維新

明治維新・・・幕末から明治にかけての政治や社会の変化のこと

新政府の方針

五箇条の御誓文・・・明治天皇が神に誓うという形で、しめされた新政府の方針(1868年)

五箇条の御誓文は、長州藩出身の木戸孝允らによって作られた。

 

五榜の掲示・・・民衆に向けて五枚の立て札を出した。(1868年)

内容は「一揆の禁止」「キリスト教の禁止」「外国人への暴行の禁止」など

 

中央集権体制

版籍奉還・・・全国の土地(版)と人民(籍)を天皇に返す(1869年)

廃藩置県・・・藩をなくして全国に県を置いた(1871年)

新政府は日本を近代化させるため、いろいろな改革を行っていた。

改革を進めるため、全国に政府の命令が伝わるため、「版籍奉還」「廃藩置県」を行った。

「廃藩置県」によって、各地の県に政府の役人が派遣され、中央の政府が権力を握る中央集権体制が確立された。

江戸時代の身分制度の廃止

明治時代の身分
  • 皇族(天皇の一族)
  • 華族(大名・公家だった人々)
  • 士族(武士だった人々)
  • 平民(百姓・町人だった人々)

明治時代になると、武士の特権はなくなった。

士族と平民は同じ身分とされ、平民に名字を持つことや職業選択の自由が与えられた。

富国強兵・殖産興業・徴兵令・地租改正など

富国強兵・・・国を豊かにし、強い軍隊を持つこと

殖産興業・・・産業を盛んにすること

徴兵令・・・満20歳以上の男子に兵役の義務が課せられた(1873年

地租改正・・・地価(土地の価格)の3%を現金で収めることとした(1873年

徴兵令と地租改正が同じ年ということに注意しましょう。

同じ年に2つの出来事があると、入試で出題されやすくなります。

一揆の多発
  • 兵役に反対する人々は一揆を起こした
  • 現金を持たない農民が一揆を起こした(税率が2.5%となった)

富岡製糸場

新政府は殖産興業を進めるため、官営模範工場を作った。

群馬県の富岡にフランスの技術や機械を導入し、官営模範工場として富岡製糸場(世界遺産に登録されている)が作られた。

製糸場で作られた生糸は外国に輸出された。

文明開化

文明開化・・・西洋の文化が入って人々の暮らしが変化したこと

  1. 鉄道の開通
  2. 郵便制度
  3. 学制
  4. 私立学校の設立

鉄道の開通(1872年)

新橋(東京都)〜横浜(神奈川県)間に鉄道が開通。

イギリスから輸入された蒸気機関車が使われていた。

郵便制度(1871年)

前島密を中心に郵便制度が整備されました。

前島密は「日本郵便の父」として、1円切手の図案となっています。

学制(1872年)

日本の近代化のためには、国民は全てが教育を受けることが大切だと考え、1872年、学制が発布された。

満6歳になった男女を全て小学校へ通わせる義務教育のしくみが作られた。

学制に反対した理由
  1. 重要な働き手の子どもを取られるため
  2. 授業料や学校の建設費でお金がかかるため

私立学校の設立

  • 慶應義塾:福沢諭吉
  • 東京専門学校(現在の早稲田大学):大隈重信

日本の教育を発展させた。

外国人の活躍

西洋のすすんだ学問や技術を取り入れるため、新政府は外国人を雇った。

  • モース(アメリカ)・・・・大森貝塚の発見
  • クラーク(アメリカ)・・・札幌農学校の教頭
  • ベルツ(ドイツ)・・・・・医学界の発展に貢献

彼らは「お雇い外国人」と呼ばれた。

立憲国家へ

士族の不満

明治時代になると徴兵制度が始まると、士族は武士としての給与を失った。

経済的に苦しくなるだけでなく、帯刀などの特権も失った士族は、政府に不満を持つようになった。

征韓論

西郷隆盛板垣退助は、鎖国中であった朝鮮を武力で開国させようとする征韓論を唱えた。

しかし、大久保利通らの反対にあい、国力の充実が優先された。

西南戦争(1877年)

西郷隆盛が政府をやめたことは、士族の不満を更に高めた。

その結果、各地の士族の反乱が起こった。

西郷隆盛も故郷の士族におされ、1877年に西南戦争を起こした。

西郷たちの士族の軍(負け)VS(勝ち)政府の平民による軍

自由民権運動

民撰議院設立建白書(1874年)

政府をやめた板垣退助は、大久保利通をはじめとした薩長出身者を中心とする藩閥政治を批判した。

国民から選ばれた人々が集まる議院を作るべきであるとする意見書(民撰議院設立建白書)を政府に提出提出した。

これをきっかけとして、議会の開設・憲法の制定を求める運動(自由民権運動)が始まった。

国会開設の勅諭(1881年)

1881年、政府への批判が高まると、政府はこれをおさえるため、10年後に議会を開くことを約束した。(国会開設の勅諭

早期の国会開設を主張した大隈重信は政府から追放された。

政党の結成

1881年 自由党:板垣退助

1882年 立憲改進党:大隈重信

秩父事件

秩父の農民たちは自由党の一部とともに起こした暴動。(秩父事件

秩父事件(埼玉県)の養蚕農家が、生糸のまゆの価格の値下がりで苦しい生活をしいられたことが原因。

内閣制度の成立(1885年)

憲法の制定は、政府が中心となって行った。

伊藤博文らをヨーロッパに派遣し、憲法を研究させた。

伊藤博文は日本で初めての内閣総理大臣となった。

大日本帝国憲法(1889年)

伊藤博文は君主権の強いドイツ(プロイセン)の憲法を参考に、憲法の草案を作った。

1889年2月11日、大日本帝国憲法が発布された。(アジア初の近代的国家となった)

主権:天皇

国民は臣民(天皇の家来)とされた。

1890年:教育勅語が制定(国民が天皇に忠誠を誓う教育を行うため)

選挙と帝国議会(1890年)

帝国議会は貴族院と衆議院の二院制。

貴族院:皇族・華族・天皇が任命した議院

衆議院:選挙で選ばれた議院

1890年:日本で初めての衆議院議員選挙が行われた

選挙権は直接国税15円以上をおさめる、満25歳以上の男子(人口の約1.1%)

北海道と沖縄

蝦夷地は北海道となり、開拓使という役所が置かれ、開拓が行われた。

屯田兵と呼ばれる、普段は農業を行い、戦争の際には兵士となる人々が北海道各地に置かれた。

アイヌ(先住民)の文化や生活は制限された。

琉球王国は琉球藩となり、その後、沖縄県となった。

まとめ

明治時代になると、初めて聞く用語が増えたと思います。

用語が難しいので、覚えるのも大変だと思います。

そのため、今まで歴史が得意だった生徒も、ここで点数が取れなくなってしまう可能性があります。

まず、人名・用語とその意味を覚えるようにしましょう。

そして、次に流れを押さえていくと良いでしょう。

中学入試では細かい知識が問われることもあるので、テキストの隅々まで目を通すことが大切です。

差がつく単元ですので、ぜひ頑張って欲しいと思います。

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